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東京高等裁判所 平成元年(ネ)499号 判決

主文

一  控訴人佐々木の控訴を棄却する。

二  控訴人小野及び同佐々木の当審において変更された請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも控訴人小野及び同佐々木の負担とする。

理由

一  被控訴会社が本件競売手続において本件不動産についての売却許可決定を受け、昭和六二年六月二三日その代金を納付したことは、当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲イ第一号証の二、三及び甲ロ第九号証によれば、控訴人小野は、昭和五二年一〇月一八日所有者である株式会社綜合企業から本件土地を買い受けてその所有権を取得し、同月二九日その移転登記を経由したことが認められる。そして、控訴人佐々木が昭和五三年四月本件建物を建築してその所有権を取得し、同月二〇日その保存登記を経由したこと、訴外人が昭和五四年一一月一六日本件不動産につき同日売買を原因とする訴外人ヘの所有権移転登記を経由すると同時に訴外株式会社住宅ローンサービスのために本件抵当権を設定したこと、本件競売手続が右会社の申立てによる本件抵当権の実行の手続であることは、当事者間に争いがない。

三  ところで、民事執行法一八四条は、「代金の納付による買受人の不動産の取得は、担保権の不存在又は消滅により妨げられない。」と規定しているところ、控訴人小野らは、同条は、不動産の所有者が競売手続上当事者等として扱われなかつた場合には適用がないと主張し、原本の存在及び成立に争いがない丙第六号証及び弁論の全趣旨によれば、控訴人小野らは、本件競売手続において当事者等として扱われなかつたことが明らかである。

そこで検討するに、右の規定が置かれた実質的な根拠は、不動産競売手続においては、担保権の存在を証する一定の文書(法定文書)が提出された場合に手続を開始するものとし(同法一八一条)、開始後においても、債務者又は不動産の所有者(以下「所有者等」という。)は、担保権の不存在又は消滅を理由として開始決定に対する執行異議を申し立てることができ(同法一八二条)、担保権の存在を覆すに足りる証明文書が提出されたときは、競売手続を停止するものとされている(同法一八三条一項)のであつて、このような簡易な不服申立ての手続が設けられているにも拘らず所有者等がこれらの手続をとることを怠つたことに伴う手続上の失権効を認め、買受人の地位を安定させて不動産競売に対する一般の信頼を確保しようとするにあると解される。そうとすれば、同条の適用の前提として、所有者等にこれらの不服申立てをする機会があつたことが必要であると解すベきところ、真実の所有者といえども、競売手続上当事者等として扱われないときは、競売手続の開始及び進行の事実を当然には知りえないのであり、したがつて、不服申立てをする機会があつたということはできない。しかし、競売手続上は当事者等として扱われなかつた場合であつても、真実の所有者が何らかの事情により競売手続の開始・進行の事実を知り、若しくは知り得る状況にあつて、競売手続の停止申立て等の前示規定に基づく措置を講じ得る十分な機会があつたということができる場合には、所有者等が手続上当事者等として処遇された場合に準じて、同条の適用を認めるのが相当である。

これを本件について見るに、成立に争いのない甲イ第一号証の一、前掲甲イ第一号証の二、三、原本の存在及び成立とも争いがない甲イ第二号証(ただし、六枚目は除く。)、第三号証、第五号証、原審における控訴人佐々木本人の供述並びに弁論の全趣旨によれば、控訴人小野らは、遅くとも昭和五九年二月ころまでには本件不動産が訴外人に移転登記されていることを、また、遅くとも昭和六一年五月二一日に執行官による現況調査を受けるころまでには本件競売手続の開始(開始決定は、同年三月二五日になされた。)及び進行の事実をそれぞれ知つていたこと、そして、控訴人小野は、同年七月一九日、また、控訴人佐々木は、同年九月二日、本件不動産についてなされた訴外人及び控訴人田中の各所有権移転登記並びに訴外株式会社住宅ローンサービスによる本件抵当権設定登記の各抹消登記を求める訴訟の提起を弁護士山本満夫に委任し、同年一一月一二日、右の各訴訟(本件第一一九〇号事件の原審事件)が同弁護士を代理人として千葉地方裁判所に提起されたこと、控訴人小野らは、本件競売手続において被控訴会社に対する売却許可決定がなされるや、右弁護士を代理人として、控訴人小野は本件土地について、控訴人佐々木は本件建物についてそれぞれ所有権を有することを根拠として本件競売手続の停止を求めるベく右許可決定に対して執行抗告を申し立てたが、昭和六二年四月二〇日、右執行抗告は棄却されたこと、右決定の理由中において、本件競売手続の停止を求めるのであれば、抗告人ら(控訴人小野ら)は、第三者異議の訴えを提起し、これに係る執行停止の裁判を求めることができる旨指摘されたこと、しかし、控訴人小野らが右指摘された対応をしないうち、同年六月二三日、被控訴会社は本件不動産の売却代金を納付したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右の認定事実によれば、控訴人小野らは、本件競売手続が開始された比較的早い時期にそれが進行していることを知つていて、売却によつて本件不動産の所有権を失うことを防止するために、第三者異議の訴えを提起して競売手続の停止を求める等の措置を講じるに十分な時間的な余裕を有していたということができるから、控訴人小野らが本件競売手続において手続上当事者等として処遇されなかつたことをもつて直ちに民事執行法一八四条の適用を否定すべきものということはできない。

控訴人小野らは、更に、真実の所有者が、競売手続の進行を知つた場合でも、その停止措置を講じることができなかつたことにつき止むを得ない事情があるときは、同条は適用されないと解すべきであるところ、控訴人小野らは、その事情として、本件競売手続の停止を求めるに必要な保証金の調達ができなかつたために右の申立てができなかつた旨主張するが、競売手続の停止を得るについては、常に保証を立てなければならないものとはされていないこと(民事執行法三六条参照)及び保証は、相手方に生ずるおそれのある損害の担保として供されるものであることを考慮すれば、その調達ができなかつたことをもつて同法一八四条の適用を否定すベき事由に当たるものと解することは到底できないから、右の主張は失当である。

更に、控訴人小野らは、本件競売手続において同条の適用を認めるとすれば、真実の所有者に対してなんらの通知もないままその所有権を剥奪することとなるから、本件競売手続は憲法二九条一項に反する旨主張するが、前示のとおり、本件競売手続においては、控訴人小野らは、当事者等として通知を受けなかつたけれども、その権利の行使の機会を有していた点において通知を受けた当事者等と同視することができるから、右主張は、その前提を欠き、採用の限りでない。

また、控訴人小野らは、被控訴会社は、控訴人小野らが提起した本件不動産の登記の抹消を求める訴訟の提起に伴つてなされた各抹消登記の予告登記を知り、若しくはこれを知りえた状況のもとで本件不動産の売却代金を納付したのであるから、本件においては、民事執行法一八四条を適用して被控訴会社を保護すベきではないとも主張するが、予告登記は、専ら当該訴えが提起されたことを公示するためになされるものであつて、それ以上の効力を有するものではなく、買受人が当該訴訟を知つていたからといつて、同条の適用を否定すべき理由はないから、右主張もまた採用することができない。

以上によれば、被控訴会社は、本件不動産につき売却許可決定を受け、その代金を納付したことにより本件不動産の所有権を有効に取得したものであり、これにより、控訴人小野は、本件土地の所有権を失い、控訴人佐々木は、本件建物の所有権を失つたものである。

四  上記認定のとおり、本件建物は、被控訴会社の所有に属するところ、控訴人佐々木が本件建物を占有していることは当事者間に争いがない。そうすると、控訴人佐々木は被控訴会社に対し、本件建物を明け渡す義務がある。

また、控訴人小野は、本件土地の所有権を、控訴人佐々木は、本件建物の所有権をそれぞれ失つたのであるから、これを有することを根拠として控訴人田中に対する本件二の登記の抹消登記手続を求める各請求及び被控訴会社に対する本件一の登記の抹消登記手続を求める各請求は、いずれも理由がない。

五  以上によれば、甲事件における被控訴会社の控訴人佐々木に対する請求は正当として認容し、当審において変更された控訴人小野らの乙事件における被控訴会社に対する請求及び第一一九〇号事件における控訴人田中に対する請求はいずれも失当として棄却すベきである。そうすると、第四九九号事件につき、被控訴会社の請求を認容した原判決は相当であつて、控訴人佐々木の控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴人小野らの当審において変更された請求を棄却し(なお、第四九九号事件原判決中控訴人小野らの請求を棄却した部分及び第一一九〇号事件原判決中控訴人田中に関する部分は、当審における請求の変更により失効した。)、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 橘 勝治 裁判官 安達 敬 裁判官 鈴木敏之)

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